JAPAN BRAND ジャパンブランド プロデューサーインタビュー

株式会社ゼロファーストデザイン
代表取締役
佐戸川 清さん

img
    tab_producers
  1. プロデューサーの紹介
  2. img地域の人との出会い
  3. プロジェクトの進行
  4. プロジェクトの今後

 中小企業庁、ジェトロでのパイプがJAPAN BRANDへ

岐阜・高山の『Re-mix Japan(リミックス・ジャパン)』は、飛騨や美濃を中心に伝統文化が息づく岐阜県の県産品である、飛騨春慶(透かし漆技法)や飛騨の家具、美濃和紙の照明や織物繊維、リサイクル陶器といったさまざまな製品が産地や業種の垣根を越え、“日本の美意識”でトータルコーディネートされたライフスタイル型ブランドだ。また、新潟・三条の『SANJO JAPAN』は、鎌倉時代から有数の金物産地として発展し、伝統的な手道具の産地である新潟県三条市の職人が、鍛冶や火造りといった金属加工技術に加え、優れたデザイン・商品開発力で、日本の象徴的な手道具を提案している。こうしたスタイルが異なる2つのプロジェクトを手がける佐戸川さんだが、それぞれどのようにプロジェクトを立ち上げ、進行してきたのだろう。

—岐阜のみなさんとの出会いはJAPAN BRANDがきっかけだったのですか?

img佐戸川: 実は岐阜とはおつきあいが古いんです。私は1970年代から中小企業庁のアドバイザーをやっております。地方には消費地のクリエイターから直接、意見を聞きたいという二ーズがあるんですが、それで日本全国いろいろなところに回ってるんです。それとジェトロ(日本貿易振興機構)の情報拠点が各地にありまして、そこにジェトロの立場で行って、製品を輸出したい人に指導するという事もやってきました。そうした事があって、どちらの商工会議所に行ってもある程度、名前を知っていただいているんです。

—そうしたおつきあいのある中で、Re-mix Japanの発想が出てきたという事でしょうか。

佐戸川: そうですね。はじめは1998年に高山市でスタートしたのですが、当初は岐阜県知事の旗ふりで、県産品をアセンブリしようという話からはじまったのがRe-mix Japanの原型です。岐阜は内陸の県ですべてを自給できるほど、紙や繊維、木工、陶磁器、刃物、アルミ鋳造などさまざまな産業が数多く残っているんです。岐阜で当初私は家具メーカーのデザイン顧問をおこないつつパリやL.A.などの海外での展示会に出展するお手伝いなどをしていたのですが、そうした中でJAPAN BRANDに参画する話も出てきて、どうせ参画するなら1社だけではなく、みんなでやってみようということになったんです。

img

— Re-mix Japanではさまざまな製品をひとつのコンセプトにまとめるのは大変だったのでは?

img佐戸川: そうなんです。家具だけではなく、岐阜の伝統技術、産業を結集し、新しいブランドとして、新しいライフスタイルを提案するブランドづくりを目指しましたので、それぞれはまったくつながりがないさまざまな県産品をうまくまとめていくのに、私が指揮を執る役割を仰せつかりました。異業種を一体化させるには生活者の視点が必要です。だれもが生活を始める時にさまざまな製品をコーディネートする経験をするのですが、こうした視点がプロデューサーには必要です。日本らしいものを設え、横軸でバランスのとれた商材を考える事で、欧米に対し文化的な背景を買っていただく事を考えたわけです。

—SANJO JAPANの場合はどのように進められたのですか?

img佐戸川: SANJO JAPANはJAPAN BRANDの立ち上げと時期を同じくして、プロジェクトがスタートしました。こちらは現地の職人さんたちが集まったもので、はじめから結束度が高かったのがプロジェクトを進めるパワーになりましたね。当初はものづくりの見識の高い方がいらっしゃいましたが、流通を開くには販売にも強くなければ、という事でお声をかけていただきました。高山の場合も、三条の場合も、はじめから地場産業や地元の商工会議所とパイプがあった事がプロデューサーとしてお声をかけていただくきっかけになりましたね。

 第2回:佐戸川 清さん JAPAN BRAND プロデューサーインタビュー

プロジェクトの進行 bullet