JAPAN BRAND ジャパンブランド プロデューサーインタビュー

プロダクトデザイナー/プロデューサー
有限会社クルツ
島村卓実さん

img
    tab_producers
  1. プロデューサーの紹介
  2. 地域の人との出会い
  3. imgプロジェクトの進行
  4. プロジェクトの今後

高知、東京、石川の地域連携がmonaccaをプロダクトに押し上げた

島村さんが出会った魚梁瀬杉のトレーは、もともと薄くスライスした間伐材を三層に張り合わせてできていた。これは株式会社エコアス馬路村(馬路村が平成12年に設立した新しい林業のシステムづくりを担う第3セクターの会社)が秋田県にあった秋田スギ構造用合板の技術を導入して生み出したもの。しかし、monaccaは杉と合板技術があれば、簡単にできるものではなかったようだ。monaccaはカバンの製造に欠かせない縫製がなされている。木を縫製するというのはなんともピンとこない話だ。そこにmonaccaが世に出るための秘密があった。

—杉材を縫製するのは思いついてもできるとは思えないのですが。

img島村: 確かにそうですよね(笑)。知り合いの縫製業者に相談して縫製してくれるところを探してもらったんですが、やはりほとんどのところは機械が壊れるから冗談じゃない、という反応でした。そんな中で東京の墨田区の工場で、遊んでいる機械があるからやってみてもいい、というところがありまして。その方も、割れるだろうと思っていたのですが、これが針を通したら割れなかったんです。これは後からわかった事なんですが、魚梁瀬地区は湿気がすごいので、魚梁瀬杉そのものがウエットなんです。その上、間伐材は生木ですから、それを使うので割れづらいわけです。実際、他の地域の杉を持って来てやってみたところ、全部割れました。これは魚梁瀬杉だからできた偶然なんです。

—ではその後は順調に製造が進んだのですね。

島村: そうでもなくて、最初のうちは針が折れて、9割が失敗でした。そこでミシンのトルクを上げてみたところ、うまく縫製できるようになりました。それには元々は3層だった合板を強度を上げるために5層もしくは6層に変更した事もうまく作用したようでした。さらにテカテカしたトレーの表面をマットに仕上げるための塗装を石川県の塗装会社にお願いしました。馬路村でしか採れない魚梁瀬杉と山の事を知り尽くし、合板技術を習熟したエコアス馬路村の技術があって、そして、東京の縫製、石川の塗装と、この三カ所の協力体制があって、はじめてmonaccaは生み出される事になったわけです。

img

—monaccaは人と素材、技術の奇跡的な出会いがあって生まれたんですね。

島村: そうなんです。さらに三ヶ所で産業を構築するように地域同士が連携する。これはクルマを製造するのと同じようなもので、成型時のむらをなくし、縫製する精度を上げ、完成品の品質管理までできないとプロダクトにはならない。ここが民芸品とプロダクトとの違いなんです。ここまで来るまで、はじめは全部手作業で、手取り足取り一緒にやってきました。これは提案した僕としてもそこまでやった方が面白いと思っていました。ですので、プロデュースというよりは、プロジェクトリーダーのような形で、グッと中に入り込んでできたのがよかったですね。

—すっかり馬路村の人になってという感じですね。

img島村: たしかにこれまで馬路村に行った回数は数えきれません。三ヶ月に一回は行っていましたので、年間4、5回。足掛け8年になりますので、実家が高知市内にあるとは言え、30~40回は通ったという事になります。
僕たちデザイナーの仕事は、ほとんどがそのまま商品として市場には出て行くことはありません。そうした中で、自分もお金を出してやっていけたというのも面白かったですし、お客様の声がダイレクトに返ってくるのでそれをデザインに反映したりもできました。これはデザインを熟成していくためにとてもいい事でした。

 第1回:島村卓実さん JAPAN BRAND プロデューサーインタビュー

プロジェクトの今後 bullet